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踊りを始める踊り子が最初にお参りするグヌンサリ寺院、グヌンサリ楽団が生まれた日 by マンデラ恵子

踊りを始める踊り子が最初にお参りするグヌンサリ寺院、グヌンサリ楽団が生まれた日 by マンデラ恵子

BY マンデラ恵子 · 2019年12月9日


バリ島は、世界的にもリゾートアイランドとして有名である。
海も山もあり、土地も豊かで実りに溢れている。
世界有数の人気ホテルが立ち並び、デザイン性もホスピタリティレベルも高い。
また元々マッサージの歴史も古くスパのレベルも高い。
その上、場所の力で癒しの効果は抜群である。

ショッピング、そしてレストランも料金から種類も選び放題。
でもバリ島の1番の魅力は、神様のためのお供え物として選ばれた島だからこその芸能と文化のレベルの高さであり、その基盤となるのがバリ島のバリヒンドゥー教のお祭り、”オダラン”。
“オダラン”とは、寺院の創立記念日であり、神や祖霊が天界から降臨する日であります。

今回は、プリアタン村(Peliatan)のグヌンサリ寺院(Pura Gunung Sari)の “オダラン” をご紹介したいと思います。

グヌンサリ寺院の入り口の石像は、可愛い踊りをしているカエルさん。

それは…
このお寺は、元々はスバックのお寺だからです。雨を降らしてくれるようなカエルは大事な生き物なのです。

・スバックとは…水利組合。
水というのものは、とても大切なもので人の生き死に関わるもの。
元々、90%が農民だと言われるバリ島では、田畑に回る水の分け方は重要問題。
この水問題をうまく運営したのがスバック組織。そして、余談ですがバリ島のライステラスがユネスコの世界遺産に登録されたのもこのスバックシステムの素晴らしさを含めてであり、ライステラスだけが世界遺産ではないのです。

そして、この村の大事なお寺は、現在では踊りのお寺として有名になり、多くの踊り手や芸能に携わる人がお参りに来るお寺となったのでした。
プリアタン近辺では、踊りを始める踊り子が最初にお参りするのがこのお寺です。

朝、奉納舞バリスグデとルジャンが踊られる。踊られる前には、清めの儀式が行われる。

ルジャン(奉納舞)

バリスグデ(奉納舞)

オダランの準備が始まる。

オダランのために神様に捧げる影絵が行われ、

僧侶たちが祈りを始め、

夜には村の人々がお供え物を持ち、お参りに訪れる。

なぜ、このグヌンサリ寺院が踊りのお寺と言われるようになったかというと、、、
昔、サワン村で大きな火葬があり、プリアタンのグヌンサリ寺院の高僧がその火葬儀式を頼まれました。
そのお礼にガムランつくりで有名だったサワン村の人たちが、ガムランを作りお寺に寄付をしてくれました。
そしてそれを使うように言われたのが、今は亡き私の義理の父であるグンカマンデラ。
そこから人を集め グンカマンデラは、”グヌンサリ楽団”を結成したのです。

グンカマンデラは、グヌンサリ楽団を世界に引き連れ、世界中で大成功を納めました。
グヌンサリ楽団は、1931年のヨーロッパ公演を終えて、帰ってから楽器をお寺に返さなくてはならなくなりました。
そんな時…団員がグヌンサリ寺院を掃除していると”チェンチェン”という楽器の一部を見つけました。
そして、それは神様から「楽団を続けろ。」ということだとグンカマンデラと団員は思い、お金を出し合い、その見つけた楽器の一部も溶かし入れ、新しいガムラン楽器を作ったのでした。

そして、その後、グンカマンデラはグヌンサリ楽団を人に任せ新しく”ティルタサリ楽団”を結成し現在に至るのです。
このティルタサリ楽団については、また別の機会にご紹介いたします。

そのためグヌンサリ寺院のオダランの時には、夜に舞踊を奉納をすることが多いのです。
今回は、グンカマンデラの息子であるオカ氏が団長を務めバレルンステージからから舞踊を奉納しました。

 

by マンデラ恵子

 

・2019年12月現在の情報です。



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