BY バリ倶楽部 さすけ · 2016年7月29日
こんにちは、バリ倶楽部さすけ(@sasuke80)です。
僕は5歳の時からバリ島に住んでいて、日本人の両親の元に生まれ、日本生まれバリ島育ちです。成人して日本で働いてたので合計すると日本は15年、バリ島は20年。 バリ島は大好きで、自分はとても幸運だなと思いますし感謝していますが、逆に幼い頃からバリ島に住んでいるので、日本人がバリ島旅行やバリ島に住むきっかけや理由に凄い興味があります。
この小さな島がこんなにも有名で世界各国からの旅行者を魅了するのはなぜだろ?京都府ほどの広さのバリ島には年間376万人の観光客が訪れます(2014年)。同じ年の京都は183万人です。
インドネシアの地図を見ても存在感はない、隣の島と比べても特別なことは何にもない。地球レベルで言ったら本当に小さな小さなへんてつもない島。その島が毎年世界の「人気の島ベスト10」に入るのが不思議に思います。
その疑問がつい先日答えが出たように思います。
とある古代バリから存在する村の長老とお話する機会があって、バリ島のコンセプトや文化、バリ島の本来の姿を話してくれました。
“地球上に存在したあらゆる古代文明は自然崇拝である。自然とうまく付き合いながら人々は生きてきた。
メソポタミア、エジプト、インド、中国、アステカ、マヤ。宗教が誕生したはるか前の時代にあらゆる文明は自然が神様だと信じていた。その昔、インド文明ではアヴァローキテシュヴァラという女神がいました。中国や日本に伝わりその土地では観世音菩薩、観音様と呼ばれ、インドネシアやバリ島ではクワン・イム(Kwan Im)と呼ばれています。我々のご先祖様は地球上のあらゆるものを一色単にせず、いろんな色があってカラフルで良いんだという考え方です。同じ女神でも色んな呼び名、色んな形をしてもいいんです。郷に入れば郷に従えということを凄く尊重していた。
現在、世の中の風習は柔軟性がない。全てを一色単にしたがる。バリ島では昔から今も誰でも寺院に入れる、国や宗教問わず欧米人がタンクトップ姿でも入れる。これは昔からのバリ島の柔軟性であり先祖代々引き継がれた精神です。
バリ島に中東や中国からの商人が貿易のために来てた時代、バリ島の人たちは柔軟に対応していました。中東や中国商人がお祈りする場所を与え、中東や中国商人もバリ式の建物を用いってお祈りする場所を作りました。
だからこそ、貿易の拠点だったバリ島北部に行くとヒンドゥー教の寺院の中に中国式寺院があったり、メッカ寺院という寺院もあります。これは我々の先祖がいかに硬い狂信的なコンセプトはもたない明らかな象徴である。”
“私はヒンドゥー教が柔軟性があって凄いという話しをしているのではなく、我々の先祖が貴重な知恵と英知を残したという話し。時代と共に柔軟に変化しなくてはならないが本質を忘れてはいけない。ヒンドゥー教はたまたま地球上で一番古い宗教であって、だから凄いということでもない。宗教はただ人生を歩むうえでの服である。
バリ島の宗教は自然宗教です。自然は神様の手と足、自然は神様の一部であり神様そのものである。自然のバランスを守り子孫に残すのが最も重要な人間の役目。実際に身体を使って自然を守るだけではなく、我々の先祖は祈りを通してエネルギーとしてこの地に植え付けている。物理的にも精神的に(スピリチュアル)の両面から努力を重ねる。これがバリ島ならではのコンセプトで「2極」や「2面」です。全ての物事を両極や両面からバランス良くとらえる。”
”バリ島が今、世界各国から愛されているのはユニークな文化や綺麗な景色だけではなく。何千年もの間、われわれの先祖が残してくれた柔軟な考えと祈りを通じて自然に染みついているエネルギーです。われわれはこのバリ島の素晴らしさを子孫に残さないと行けない。
バリ島のあらゆる自然には長い年月かけて先祖が残してくれたバランスのいいエネルギーが「癒し」や「パワースポット」として染み出ているのかも知りません。長老の話しは理にかなっていて、納得しました。